大学の教育・研究の今

《学問と探究》

情報学と工学、生物学を融合 人の感覚・知覚拡張から昆虫の感覚研究へ。昆虫ロボットの開発から「動きの標本」作りまで

永谷 直久さん永谷 直久さん
~Profile~
1982年生まれ。2011年電気通信大学大学院電気通信学研究科博士後期課程単位取得退学。2012年博士(工学)。日本学術振興会特別研究員(DC1)。東北大学大学院情報科学研究科研究特任助教、八戸工業大学防災技術社会システム研究センター博士研究員を経て、2015年4月より京都産業大学コンピュータ理工学部助教、2018年より現職。ヒトの感覚知覚特性を利用した感覚拡張インタフェースや節足動物の行動解析の研究に従事。宮城県仙台第一高等学校出身。

研究室をのぞくと、機械系の工作室のような一画が目に飛び込んでくる。奥へ進むと、ブルーのプラスチックでできた巨大なダンゴムシの姿が。情報学、工学、生物学が融合する不思議な空間の主が、人間の感覚・知覚拡張※から生物の感覚までを研究されている永谷直久先生。その多様な研究・教育の一端をご紹介します。 ※テクノロジーを使って、感覚知覚機能を拡張させること

人間らしいロボット作りから虫研究へ

 学生時代は、学部から博士課程まで電気通信大学の知能機械工学科に在籍していました。小学生の頃に憧れたドラえもんの影響か、人間らしいロボットを作ることに関心があり研究の道に進みました。しかし当時は、今ほど人工知能は発達していませんでしたから、人間らしい「動き」の原因となるヒトの感覚・知覚の究明に、VRを使ってアプローチしている研究室に入りました。ここでは特定の電気的な刺激を与え、感覚や知覚を拡張させる研究などを行っていましたが、工学科ということもあり、人の感覚や知覚、行動を計測するだけでなく、それに必要な実験装置も作っていました。

 長らく人を対象に研究する中で、人らしさを深く理解するためには他の生物との比較も必要ではないかと感じていたところ、本学赴任前に所属していた研究室がアリの研究をしていたことから、アリやダンゴムシなどの行動観察も始めました。以来、生物系の研究者ではないにもかかわらず、虫の行動も研究対象に含め、そのためのVR実験装置『ANTAM』など、虫専用の観察装置の開発も行っています。

VR実験装置『ANTAM』

虫が操縦する?逆転の発想から生まれたANTAM

 虫の行動観察研究には長い歴史がありますが、私たちは、これまで目視で行われていた行動観察に、データ計測を基にした定量的な手法を導入して、新たな知見を得ようと考えています。そのために工夫した装置がANTAM。また、その改良版のANTAM-Qでは回転する透明な球体上に虫を置き、裏側(腹側)から移動行動をカメラに収め、脚や触角などの特徴点を抽出して追跡することで、自然環境に近い行動軌跡、運動データを収集します。 今日、深層学習は急速に進歩し、得られたデータを自動的にかなりの精度で数値化できますから、これまで捉えられなかった細かい動きまで見ることができ、昆虫学の世界では数十年前ぐらいに確定した知見でも塗り替えられるのではないかと期待しています。

「動きの標本」作りの科学的価値は?

 ANTAMを使うことで、行動を数値化し、より詳細な行動データを取ることができますが、これは災害救助現場で活躍する昆虫ロボットなどの開発に役立つだけでなく、「動きの標本」としての価値もあると思っています。

 一つは科学的価値。例えば、オカダンゴムシも数十年後には違う歩き方をしているかもしれませんから、現在の動きを記録しておくことには博物学的な価値があるはずです。生物種の分類は、通常、形状やDNAが基準ですが、動きのデータも新たな基準になるかもしれない。人類の知的資産としての価値があると言ったら言い過ぎでしょうか。

 もう一つはエンターテイメントへの応用です。アニメーションやゲームのモデリングに、動きの標本を活用する。人のモーションキャプチャーは珍しくありませんが、虫のモーションキャプチャーはどうでしょう。ANTAMでたくさんの生物種の動きのデータが取れれば、虫を動かすのに、クリエイターが0から動きをモデリングする必要はなくなるかもしれません。さらに蓄積されたデータを分析することで、メタバース空間でリアルに近い動きをするアバターを作ったり、虫の知覚を詳しく解明して《虫の視点》を楽しんだりすることもできるかもしれません。何か、ドラえもんの秘密道具を使った世界を彷彿とさせませんか。

図工の続き、ものづくりの授業

 担当する授業の一つが、1年次秋学期開講の『デジタルファブリケーション』です。ファブリケーション(製造)ですから、3Dプリンタやレーザカッタなどを使って制作を行います。CADというコンピュータでの作図設計も学びます。デザイン系の先生と私の二人で担当していて、スマートスピーカをデザインするなど、美術系の大学に近いものまで作ります。1年次生が作業内容を理論的に完全に理解するのは難しいかもしれませんが、CADで作ったモデルが3Dプリンタから出力されると、「小学校の図工以来!」とみな嬉しそうです。私も、「失敗を気にせず、あのときの楽しさをもう1回思い出そうよ」とよく言っています。土曜日の集中講議ということもあり、学生にとっても教員にとってもややハードな授業ですが、学生の満足度はとても高くやりがいがあります。この授業を受けた学生が私の研究室に入ってくれることも増えてきましたし、履修者の制作物がIVRC(Interverse Virtual Reality Challenge)※で入賞し、フランスで開催されたVRイベントでも展示され受賞したこともあります。

※1993年から続く、学生を中心としたチームでインタラクティブ作品を企画・制作するチャレンジ。

探究学習に向けて 自由研究の精神を大切に

 研究を続けていく中で、小・中学生や高校生の自由研究からは大いに刺激を受けています。図工のワクワク感と同じように、素朴な好奇心に由来するものが多いからではないでしょうか。ダンゴムシについては、一般の方による行動研究が盛んですし、小・中学校の自由研究や、高校生の生物コンテストなどで高評価を得たものにはとても面白いものが多いです。オカダンゴムシがいる飼育ケースの近くにはカビが生えにくいことに着目し、フンの中に抗カビ剤の成分が含まれていることを発見した高校生の研究等には、素直にすごいなと感心させられています。

 これに比べると、私の研究は小学生レベルの知識でもできる簡単な研究をデジタル化しているだけです。ANTAMのような装置を作ることは技術的には難しいかもしれませんが、発想は、虫を普段見ない腹側から見たらどうだろうかというとてもシンプルなものでした。しかし、脚の動きをより詳細に分析できましたし、脚を使って排便をする!などの新発見もありました。見慣れた生物でもいつもとは違う視点で観察してみるのもおもしろいですね。

デジタル工作機器が揃う「ファブスペース」にて

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